ときは学歴重視の時代へ

2012年3月27日

 優良大学の優秀な学生

 先に『アホ大学のバカ学生』という、強烈なタイトルの著作に言及しました。大学がアホ呼ばわりされ、学生はバカ扱いです。でもTOEICが100点未満の大学生など、どんな企業も、採用お断りとなるのは仕方のないことです。
 その反動でしょうか、いま企業は、優良大学の優秀な学生に的を絞った採用に動きだしたようです。2月10日発刊の朝日新聞朝刊紙面を、「12月解禁、学歴重視に拍車」という見出しが勇躍しました。経団連が、就活の開始時期をずらしたことの影響です。

 昨年末に、金融、通信、運輸の3社が合同開催した説明会に招かれたのは、東大、一ツ橋、早稲田、慶応の学生だけだったといいます。
同じようにその4大学限定で開かれた大手不動産会社の説明会では、「皆さんは一次面接と筆記試験は免除する」というメッセージが発せられた、と新聞は報じています。

 買い手市場の就職戦線

 いまや就職活動は、インターネットを介してなされます。大きな企業であれば、学生から寄せられるエントリーシートは万単位。それをまともに読み、しっかり選別するとなると、企業には膨大な手間暇がかかります。
 そこで企業は、エントリーシートの受け付け数を減らすことを考えます。いまは数を集めることではなく、精鋭を採用する時代。ならば、エントリーシートの応募資格を厳しくしようということになります。理にかなっています。
 同じ朝日新聞の記事によると、今春3月卒業生の採用に当たって対象大学を限定した企業は39%。ところが来春の場合は48%へと増加します。その限定のさい、言うところの有名大学を照準に据えたということであろうか。

 そのうえ日本の企業は、グローバリゼーションの一層の進行に対応して、外国人を採用する割合を高めることでしょう。雇用者総数が減少するなかでのことだから、日本の大学を出た若者を採用する数は、これから益々減少します。そこへきて、企業の採用が「優良大学の優秀な学生」に絞られるとなったら、就職はいよいよ狭き門になります。
 さてさて、有名ではない大学の、優秀ではない大学生は、とても辛い境遇に追いやられることになります。さてどうするか、思案のしどころです。亜細亜にあって発展する中国、インド、ベトナムなどに遠征することは、一つの有力な考え方です。

学生の資質を見極める

2012年3月20日

就活マニュアルでの勉強に終始する学生

 森健氏は、『就活って何だ』の中で、「最近の学生のマニュアル化は大変巧妙なんです」という、ある企業の人事担当者の発言を紹介します。
 たとえば、「学生時代、何を頑張ったのか」という課題論文をだす。話が始まってしばらくすると、たいていちょっとした挫折体験がはさみ込まれ、その後に苦労してそれを乗り切ったと続く。「私は困難に打ち克ってきました」という筋書き。話はよく練り込まれおり、以前なら引き込まれていただろう。「でも同じような話しが何人も続けば、どうでしょう。気づかないほうがおかしいですよ」というのです。

 かつ就活情報の蒐集に熱心で、電車内でも携帯電話でチェックを欠かせない。学生の就職活動は、いまや情報戦の様相を示している。そして、就活マニュアルでの勉強に精を出しているのが現況だと森健氏は述べています。
企業の人事担当者は、それぞれに、何を聞きたいかを決めています。基本は、何とかして学生の資質を見極めること。面接官の意図が汲めないようでは落第です。

 段階がすすむにつれ、深堀していく

 この本の中で、日立製作所人財戦略室長の飯塚毅氏は述べます。10年後20年後の日立を考えたとき、どうなっていたらよいか、その中で自分はどんな仕事をしたいと考えて弊社を希望したのかを聞くとのこと。
 就職では、本人の職業観、将来にわたるキャリア観がすごく大事なんです。そういう問いかけをすることで、その学生がいかに深く自分と仕事について向き合っていたかがわかる。現時点で職業、キャリアについてしっかりした考え方をもつ。それが就職活動をするうえで重要なんだと思うし、私は質問を通じてそこを見たいと思っています、と。

 自社セミナーに続いて、面接が1次、2次、3次と進行しますが、聞く内容は同じで「志望動機と学生時代に何をやったか」。ただし、どんどん深堀していくとのこと。
 ある女子学生が、留学を通して、医療や情報など様々な面で劣悪な国状に接し、「これは私がなんとかしなければ」と考えたといいます。そこで「海外勤務といっても、地域によってはシャワーが浴びられないところもある。あなたは何日シャワーなしで耐えられるか」と厳しく突っ込んだ。彼女は毅然として「一か月は大丈夫です」と応えたとのこと。
深堀をしていく過程で、覚悟が半端ではないことが分かり、採用が決定したのでした。

人事部長から学生へ

2012年3月15日

企業が語る就就論

 就職とは「職業に就く」ことだ。ならば職業とは何かについて考え、学習することから就活をスタートさせる必要があるのではないか。ところが学生も大学も就職情報会も、いわゆる就活ノウハウの習得とその機会提供に終始している。これでよいのかという声は言論界では多いが、さて企業はどうなのだろうか。
 企業が発する情報の中心は、やはり求める人材像です。加えて、採用方針や就社後の教育や人事政策、就活に臨むさいの心得といったことでしょうか。就職説明会の開催のほか、ネット配信にも力を注いでいます。でも断片的です。企業総体としての動きを探るとなると、大変な努力になりそうです。

 でも一つ、格好な著作があります。森健氏が書いた『就活って何だ』(文春新書、2009年)がそれです。文字通り、企業が語る就就論です。
昨今の就職活動は、本当に重要なことが理解されぬままに、「就活」に臨んでいる。この際、企業は、学生の何に着目し、どういう点を評価し、結果としてどんな人物を採用しているのかを明らかにしようというわけです。「人事部長から学生へ」というサブタイトルがついています。

就活本ばかり読んでいるような人間は採りたくない

企業から発せられるメッセージは、当然のこと同じではありません。とても多様ですが、わたしは、こんな発言に共感しました。電通の人事局長が発するメッセージです。
就職活動ばかりに一生懸命になるな。大学3年生というのは、人生において、様々な体験ができる素晴らしい時期です。サークルやアルバイトだけでなく、本を読み、映画を観て、友人と語り合い、考えを深める。恋することも素晴らしい。自分はどう生きるべきか。この時間に何を考え、どう動いたかが、将来にわたってつながってくるんです。

就職活動ばかりでは、実にもったいない。この時間はもうニ度と帰ってこないのですから。電通の人間としては、少なくとも就活本ばかり読んでいるような人間は採りたくない。
就職活動を通じて若者は自分と向き合い、仕事とは何かを真剣に考える最良のチャンスとか、社会人としての素養と態度を身につけていくことができるという捉え方もある。でもそれは、就活に期待されることなのか。学校教育や大学生活を通して習得すれるべきことであるからして、社会全体が考えるべきこと。

学生は会社選び、求人は職種別

2012年3月6日

 就職に当たって多くの学生が考えるのは、雇用者としての働き方。視界の先にあるのは、多くの場合は企業です。心づもりは、企業に雇われて職業活動をスタートさせること。
企業は、学生を採用するに当たって、職業能力や専門性は問題にしない。理系の場合は別ですが、「就職能力」というか就活スキルに長けている学生が採用されます。結果として就活がいびつになっている点については、これまで、多くのことを書いてきました。

それでも、在学中にしっかり働く力をつけておこうと頑張っている学生は、当然います。資格や技能の取得をめざして専門学校に通ったり、通信教育を受けたりする学生は増える傾向にあります。会社選びに先立つ、職種探しということです。
そうでないと、厳しい就職戦線を乗り越えられない。会社に勤めても、うまくいかないだろうということで、手に職をつけることへの関心を強めているとみられます。就社難・就職難に直面し、人々のあいだに、もしかすると、薄れかけていた職業意識への関心が高まりつつある。ということであると、喜ばしいのですが。

資格取得やキャリアアップを支援する学校や教室を紹介する新聞広告は、いま大量に発信されています。学生、OL、ビジネスマンを対象にしたもので、「講座ガイダンス&体験レッスン」無料実施中といった案内が同居していたりもします。
そこには、話し方やパソコンなど仕事の技量をテーマにしたものもありますが、ほとんどは職業名だけです。たとえば、日本語教師、通訳、司法書士、中小企業診断士、気象予報師、建築士、通関士、社会保険労務士、電気工事士、カウンセラー、保育士、ホームヘルパー、介護福祉士、映像ジャーナリスト、カラーコーディネーターといった具合です。

そしてまた、これら職業に関する講座案内が、大きなスペースをとって毎週のように広告され宣伝されます。この事実を通して、学生たちを含めて多くの人々は知らされます。いま専門職やスペシャリストが求められている、ということを。
同時に、新聞に載る求人案内として、転職紹介や派遣会社の広告も目立ちます。ある転職斡旋会社の求人案内にリストアップされているのは、RM、投信セール、セールス(株、債権)、企画・セールス(貿易金融商品)、クレジットアナリスト、アクチュアリ・商品開発(損保)、セトルメント(株式、債権)といったように具体的です。
つまり求人案内に記載されているのは職種名であり、仕事の内容であり、仕事をこなせる技量です。求められているのは専門性であり、固有の職業性です。個別企業の求人案内にしても同様であり、最近は職種を細かく書き込んである場合が多い。

 学生には、こういった新聞広告とじっくり対話をしてみることが期待されます。

雇われて働く、雇われないで働く

2012年2月28日

(1)働く人の従業上の地位

就業の形態という点からすると、いま職業に就いている人の多くは雇用者です。企業に務める会社員がいちばん多いでしょうが、官公庁に公務員として、商工会議所や農協や各種の業界団体に職員として、あるいは様々な教育機関に教員として勤務する。
志や希望という観点からすると、雇用されない働き方が好ましいと考える人は、けっこう多いように思います。組織に縛られることが少ない、という思いからでしょうか。仕事をするうえで、主体性が発揮できること、自由裁量の余地が大きいことは、多くの場合やりがいにつながります。
むろん、与えられる仕事を、言われたようにこなす方が好きだとする人がいることは間違いありませんが。

 国の職業統計では、就業の形態は「従業上の地位」と表現されます。ずっと以前は、①雇用者、②自営業者、③家族従業者という3区分。1960年の国勢調査からは、役員が雇用者から切り離されて独立し、全部で6つの区分が出来上がりました。
 詳しくは、雇用者、役員、雇人のある業主、雇人のあない業主、家族従業者、家内内職者です。雇用者が占める比率は、1955年は45・4%でしたが、半世紀後の2005年には、78・6%にまで上昇しています(各種調査によって、数値は異なります)。

(2)選択肢としての非雇用労働

いまや雇用者される働き方が一般的となり、大学生は就社を目指して就活に励みます。政府や行政は、両者のマッチングとともに、雇用の創出を課題にすえます。メディアにしても、中心は雇用論議です。でも、雇用されて働くことだけが職業活動ではありません。
たとえば専門性を身につけて自由業を目指せ、会社を興せ、起業家を育てよ、資格をとれ、手に職をつけよといった発言は職業の視点です。職業論からのアプローチです。これらは、雇用されないで働く職業人を視野においています。

雇用労働にはデメリットがありそうです。与られえる仕事は、基本的には何でもやらなければならない。でもあれこれやっていたのでは、専門性が身につかない。選択と裁量の余地が少なく、「オール他律の世界」に閉じ込められていると嘆く人もいます。
 いっぽう雇われない働き方も、当事者に大きな苦労をもたらすことでしょう。仮に新卒で非雇用を選んだとしたら、リターン(見返り)は辛さと苦しみ(辛苦)だけでしょう。先立って企業や団体で辛酸をなめることが、それはそれは大事になるでしょうか。

いま就業の場は大量にあるはずです

2012年2月21日

ピントはずれの雇用論議

いま就業や就職をめぐる問題となると、雇用の創出がもっぱらのテーマです。行政もそうですが、新聞や雑誌など多くのメディアも、雇用をどう確保し、いかにして雇用を創出するかを論じます。
雇用機会が減少し、未就業者が増大していることは、現下の大きな社会問題です。大学は出たけれど就業できない若者の大量排出を防ぐことは、間違いなく大きな社会課題です。それには雇用機会を創出し、雇用の場合増やすことが必須だと言うわけです。

でもわたしは、この論議はややピントはずれではないかと思います。何故なら、日本の社会が、いまほど事業や仕事を必要としている時代はないと見なされるからです。
世の中が事業や仕事を必要としているということは、それだけ職業への需要が大きいということです。人々が就業する舞台と機会は、それだけ豊富であり、多彩だということです。いま日本社会は、そういった時代環境に直面していると思います。
改めてここで確認しておきたいのは、職業は、会社の必要にこたえつつ、人生資源を獲得する仕事であり、活動だという点です。

 世の中の必要に応える活動が職業です

バブルがはじけたあとに日本社会は「失われた10年」に突入しましたが、何時の間にかそれは「失われた20年」へと推移しました。いまや「失われた30年」に向けてぽとぽとと、いや急ぎ足で突進してかも知れません。
ということは、日本社会は、大きな解決すべき問題、成し遂げるべき課題を山ほど抱えているということです。東日本の復旧と復興がかかえる問題と課題は、これに追い打ちをかけるとともに、この事態を強く認識させることになりました。

失われた空白を埋め、新しい日本社会を創生するには、膨大な事業と仕事が要請されます。かつ、これまでとは異なる新しい事業と仕事が構想される必要があります。その事業や仕事を遂行するには、多彩にして多様な、新しい職業が数多く必要です。
それがどんな事業であり、仕事であり、職業なのか。東日本の復興計画とのかかわりでは、すでに幾つかの論考が提起されています。しながら日本社会全体を視野に入れた問題提起となると、さあどうでしょうか。
このことに関する行政と研究機関の取り組みが、このさい強く期待されます。後に続くのは、職業訓練機関の新増設です。

授業やゼミが就業力を鍛える

2012年2月14日

(1)成績評価の物差しを新しくする

 大学の使命は、学生をしっかり教育し、社会に出てしっかり仕事のできる人材へと育てること。アホなままで卒業させない、させてはいけないはず。だが実際には、成績の評価は概して甘い。そもそも成績評価の物差が確立していない、と辻太一郎氏は指摘します。
 アメリカでは、多くの大学で、GPAという評価方式が採用されているとのこと。長い間にわたって大学教師をしてきた身として恥ずかしいことですが、前回紹介した『就活革命』(NHK出版生活人新書)で教えられました。

 日本では、「優(A)」「良(B)」「可(C)」「不可(D)」という4段階評価が一般的ですが、「可」以上であれば単位と認められ、単位取得が規定数を越えれば卒業となります。ところがGPAでは、A、B、C、Dに、それぞれ3点、2点、1点、0点をつけ、その合計点を、「総履修単位数」で割ります。不合格科目も成績の対象になりなすから、不合格科目があるとGPAの値が下がってしまうという方式です。
 となると、「可(C)」を並べて卒業単位を充たすというやり方は、そもそも出来ない相談です。履修登録をした科目の多くで、いい成績を取らなければならない。つまり学生は、真剣に勉強し、よい成績を取るようにしなければならないわけです。卒業を難しくすることは、それだけ学生の知的能力を鍛えることになります。

(2)知的トレーニングが学生を鍛える

 大学での勉強は実社会では役立たないと言う人がいますが、それは逆です。専門的な知識とスキルを習得させるにしても、知的トレーニングがベースにあって本物になります。
 たとえば論文を書くとなったら、まず情報蒐集が必要になります。資料集めも大事ですし、いろいろな人に会って話を聞くことも欠かせません。これすべて知的トレーニングですが、いざ書き出すとなると、思考力、構想力、文章力などが問われます。文章を書くことで、われわれは論理的な考え方を磨くことができます。

 書き上げた論文や書き物を、たとえばゼミで発表するとなると、発信力、プレゼンテーション力、応答力などが問われます。いざディスカションとなると、説得力と同時に傾聴力が大事になりますし、語り上手であることも求められます。
 授業やゼミで知的トレーニングを受ければ、いろいろな能力が磨かれ、改めて就活支援トレーニングを受ける必要はなくなります。大学に課せられた基本的な役割を果たすことが、実は学生の就職力を強化することになる。『就活革命』は、そう説いているようです。

就活革命

2012年2月7日

(1)負のスパイラル

 いま書店の就活コーナーには、二種類の書籍が置かれています。圧倒的に多いのは、どう就活戦線を乗り切るかをテーマにしたもの。そして、片や就活批判本です。
 前者は、就活に向けてキャリアシートをどう書くか、面接に当たっての留意点は何か、自己分析を通じて自らの強みを確認するなど、一言でいえば就活のノウハウやスキルを解説した書物です。
いっぽう後者は、そういった類の取り組みが積極的に推進されることで、いまや就活は迷路に入っていることを指摘します。前回は、後者に該当する新書を二冊紹介しました。『アホ大学とバカ学生』(2012年)という凄いタイトルの著作と、『就活のバカヤロー』(2008年)です。

今回取り上げるのも、後者に属する著作です。掲げたタイトルは『就活革命』。2010年に刊行された、NHK出版生活人新書の一冊です。著者の辻太一郎氏は、いま日本社会に深く根を張っている就活のあり方に、大きな疑問を抱いています。企業、学生、大学が陥る「負のスパイラル」にスポットをあてます。

(2)カギを握るのは大学

 企業は優秀な人材を確保するために、他者に先駆けて採用活動を推進しようとする。学生は、勉強そっちのけで自己分析と就職トレーニングに励む。大学は十分な教育ができず、大学自体の活力を低下させる。就活の早期化と長期化に拍車がかかり、大学における知的トレーニングはいよいよ減少する。
 こういったスパイラル現象によって、就活は学生をダメにし、大学を、企業をダメにする。学生、企業、大学が幸になるために「就活を変えよう」と著者は説きます。そのカギは、大学が握っていると著者は言います。大学がしっかり人材を育てるなら、企業は先を競って優秀な学生を漁る青田買いなどしない、と述べます。

 わたしも、そう思います。かほど就活が茶番劇となり、本道からそれた醜い姿形になってしまった最大の立役者は、やはり大学だと思います。『アホ大学とバカ学生』の中で石渡氏は、驚くべきことに、TOEICが100点未満の大学生がいると解説しています。
 大学は、こんな学生を放置しているのです。辻氏は「知的トレーニング」という用語を使いますが、要するに日本の大学は、学生を育てていないというのです。にもかかわらず、しっかり卒業させている。これは、まことにもって大問題です。

アホ大学とバカ学生

2012年1月31日

すごい書名ですね、『アホ大学とバカ学生』。大学がアホ呼ばわりされ、学生はバカ扱いです。2012年1月20日に刊行された光文社新書の一冊ですが、大学生向けに「職業学習講座」なるブログを書いている身です。読まざーなるまいとばかり、新聞の広告で知って即購読しました。

著者の一人である石渡嶺司氏は、2008年に『就活のバカヤロー』を同じ光文社新書で上梓しています(共著)。こちらには、「企業・大学・学生が演じる茶番劇」という副題がついています。わたしの目からしても、いま就活は迷路に入っています。本道からはずれた、好ましからざる状態にあると考えています。それが茶番劇だ、というわけです。
副題には書き込まれていませんが、この茶番劇で一役を演じているのは就職情報会社です。「自ら調べた情報をもとに、マッチポンプ的に学生・大学・企業を煽る様子は気持ち悪い」とやり玉にあがっています。企業・大学・学生・就職情報会社がそろって批判の対象になっています。その切り方、その内容は痛快でした。大いに勉強させてもらいました。

 こんどの『アホ大学とバカ学生』も、ジャンルとすれば就活本ではあります。でも現下の就活事情と真正面から対峙し、就活批判を展開しているわけではありません。現にまえがきで、「本書は大学論と大学生論をまとめた新書です」と断わっています。
さらに、「本書によって、大学や学生、就活を巡るドタバタぶりを知っていただき、・・・くすって笑っていただければ幸いである」と述べられています。
それでも、就活を巡って展開されている取り組みや動きが、あちこちでビビッドに紹介されます。就活の現場情報は、わたしにとって貴重です。

わたしの場合、就活への関心は、職業と職業学を大事にする立場からです。「就職とは職につくこと」「職業に関する学習ができていない学生は職場をゲットできない」というのが認識の基本です。そんな目でみると、大学にも、学生にも、そして就職情報会社と企業にも、就職問題への取り組みに職業と職業学の視点がまったくない。
 こういった立場からすると、第5、第7、第8章がとても参考になります。もう一人の著者である山内太地氏の手になるものですが、なんと山内氏、国内全大学訪問という偉業を達成した大学研究家とのこと。それだけでビックリしますが、11カ国および3地域の865大学1152キャンパスを見学して回っているといいます。外国の大学を紹介した第8章は、きらりと光るドキュメントです。

 それにしても山内太地氏の職業は、いったい何と呼べばよいのでしょうか。高校生ならぬ、大学生向け進路ガイドの刊行が楽しみです。

演出が花を咲かせたAKB48

2012年1月24日

 昨2011年のレコード大賞は、AKB48が獲得しました。前年、有力候補でありながらEXILEにさらわれた悔しさが重なったからでしょうか、メンバーは泣きわめいて歓喜。これで、超一流のレッテルを手中に収めることができたというわけです。
 AKB48は、「会いに行けるアイドル」をコンセプトに秋元康氏が立ちあげたとのこと。秋葉原に専用の劇場を持ち、チームごとに日替わりでほぼ毎日公演を行っているようです。メディアを通して見る、それこそ遠い存在だったアイドルを身近に感じ、その成長していく過程をファンに見てもらいという趣旨です。
当初は全くの無名で、関係者からの期待も薄かった。しかし、口コミなどでアイドルファンを中心に話題となり、徐々に専用劇場が連日満員になっていくのでした。人気の上昇に伴って、本業以外でも個々で活動するメンバーが増えているようです。秋元氏の熱の入れようは大変なもので、次々と施策を講じます。演出家としての秋元氏の面目たるや躍如、といった感じです。
これだけ興業として大成功なのですから、アイドル産業といっても差し支えない。でも産業というと、資本家なる収奪する側と、収奪される側の消費者がいるというように経済的論理が介在します。でも秋元氏の考え方は、世の中にはアイドルになりたい若者がおり、アイドルに憧れる若者がいる。ならば両者を合体させようとしたわけで、アイドル・プロジェクトという表現がベターでしょうか。
3歳から12歳までの児童の保護者を対象に2010年12月に実施された「バンダイこどもアンケートレポート」によると、AKB48は、「お子様の好きな芸能人」の総合2位にランクインしているとのこと。

かつて秋元康氏は「川の流れのように」を作詞し、美空ひばりに提供しました。わたしは思いました。老齢期に入って、病に苦しむ美空ひばりへのイメ-ジとしてはピッタリ。だが青少年のキャリア形成を推進する立場からすると、トーンは全く逆だ、と。流れに棹をさす気概、激流を乗り越える強さ、積極的に人生を切り拓く主体性こそが説かれるべきだからです。
 同じような思いが、アイドル・プロジェクトについても頭と心の中を走りました。アイドルへの憧れ自体は、そうそう批判も避難もできないでしょうか。しかしながら日本の社会が、アイドルになりたい若者であふれ、アイドルを追っかけまわす青少年が街を埋める。学習を怠り、遊びっ気ばかりのる青少年が増える。かかる社会現象が、波及効果として蔓延るとしたら、日本の将来はどうなるのだろうか。
AKB48を主題にしたTV番組によると、メンバーは凄く鍛えられるようです。行く先を諦めていたが、元気を取り戻した少女もいます。でも煽られるだけで願いが叶わなかった若者は多数います。一番怖いのは、フワフワした軽い青少年がはびこることです。

わたし自身には、ロンドンのウォータールー橋に佇む女優イングリドバーグマンっていいよねといった感じの憧れは昔ありましたが、のめり込むことはなかった。

2007年には「アキバ枠」で『第58回NHK紅白歌合戦』に出場するものの、当時は「秋葉原のオタク向けアイドル」というイメージが強かったこともあり、世間の関心は薄かった[2]。しかし、2008年にシングル「大声ダイヤモンド」で本格的にブレイク。2000年代のCD不況の逆風の中ヒット曲を次々と生み出し、いわゆる地下アイドル出身で史上初めてミリオンセラーを記録し、メディアから「AKB現象」「国民的アイドル」と呼ばれるほどの人気を博した唯一の例となる[2]。CD総売り上げは、2011年10月26日の23枚目シングル「風は吹いている」発売の時点で1034万枚となり、日本の女性グループとしては4組目の1000万枚突破を記録[3]、21世紀にCDデビューした日本のアーティストでは最高売上を記録している。